考えの調理場

不登校から教員免許取得。【反復性うつ病性障害&強迫体験】女の、考えの調理場。

四つ葉のクローバーを探した思い出

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小学校低学年の頃、まだ私が不登校になる前のことだったと思います。

当時少し仲が良かった友人と二人で、近所の草むらになんとなく遊びに行きました。そこにはたくさんの三つ葉のクローバーが生えていて、四つ葉のクローバーを見つけると幸せになれるという迷信に従って、四つ葉のクローバー探しを始めました。

クローバーはまとまって生えているので、沢山の三つ葉のクローバーの中に四つ葉が紛れていないか、しゃがみ込んでそっとかき分けながら見ていくというとても地味な作業でした。

 

長じてから気にして見てみると、四つ葉のクローバーはそれほど珍しくなく、四つ葉のクローバーがまとまって生えているところでは逆に三つ葉を見つけられないんじゃないかと思うくらい沢山あるものですが、当時はそんな場所を見たこともなく、『四つ葉のクローバー=珍しい』と思い込んでいました。

 

子どもにしては、結構長い時間をかけて探していたと思います。途中で何度か諦めようかという会話もしましたが、それをやめたところで面白い遊びや聞いてほしい話があるわけでもなかったので、二人とも四つ葉を探し続けました。

 

すると、もはやどちらが見つけたのか忘れてしまいましたが、四つ葉のクローバーを確かに見つけたのでした。

友人は「あったー!」と言って、すぐさま、その四つ葉のクローバーの茎を葉っぱ近くから千切り取ったのでした。

友人のその行動は私には理解不能で、「えっ」と思っている間に友人は小走りにどこかへ向かいました。私も立ち上がってついて行きながら、「なんで摘んじゃうの?」「沢山の三つ葉に交じって生えてる四つ葉をもっと眺めたかったのに」「いや、そもそも四つ葉のクローバー探しは摘むためのものだったの??」と頭の中がぐちゃぐちゃで言葉がなかなか出てきませんでした。

友人が向かった先は、たまたまその辺に居た知らないお爺さんの元で、それもまた私には訳が分からなかったのですが、お爺さんに友人が喋っているのを聞いてやっと理解しました。友人は誰かに自慢したかったのです。

お爺さんのほうも、子どもが突然寄ってきて四つ葉のクローバーを自慢し始めたので面食らったかと思いきや、なにやら四つ葉のクローバーを見つけたらこうした方がいいみたいなことを語り出しました。たぶん「こんな上のほうだけじゃダメだ、もっと根元のほうから採取しないと。それで採取したら浅い器に水を溜めてそこに入れておけば云々」と言っていたと思います。

私はそれを聞きながら、「いや、どう見てももう上のほうで千切っちゃってあるじゃん。千切る前には戻せないんだし、もう一つ見つけるのなんて疲れと日暮れの時間から考えて絶望的でしょ」と思っていました。しかし知らない子ども相手に一生懸命喋ってくれている手前、話の腰を折るのも気が引けたので、黙って話を聞いた後に適当に別れました。

 

お爺さんと別れる頃にはお爺さんの話に、というか四つ葉のクローバー自体に飽きた様子の友人は、手の中のクローバーを持て余していました。なので、「私、欲しいな」と言うと迷わずに私にくれました。

全てが、あっけなかったです。

 

家路につきながら、私は考えました。四つ葉のクローバーを見つけたら私はどうするつもりだったのかと。そして、幸せとは何なのかと。結局、見つけたいと思ったものを見つけて喜びを感じる、それに尽きるのかな、と。

家に帰って家族にあらましを話して、持って帰って来たクローバーをどうしたらよいか相談しましたが、千切って来た葉っぱはそう長く持たないということになり、次の日あたりに処分したと思います。

 

この体験では、一度生きている状態から切り離してしまえば元には戻せないという、儚さを感じさせられたような気がします。