考えの調理場

不登校から教員免許取得。【反復性うつ病性障害&強迫体験】女の、考えの調理場。

うつ病が酷かったとき体験談

これでもだいぶ回復してきた 小柏まき です。

私は反復性うつ病性障害と診断されていて、今回のうつ病で通院を始めたのが、記録によると平成25年です。

 

うつ病を発症したきっかけや経緯は、自分の中で整理がつかないままなので、いつかこのブログで文字にして整理(調理)して昇華(消化)できたらいいなと考えています。

 

今回はうつ病の症状が酷かったときのことを記します。

  • ほぼ寝たきり状態
  • 言葉が発せない状態
  • 座っていられるがテレビを1番組見ていられない状態
  • 文字は読めるが文章は読めない状態
  • 短い動画なら観ていられる状態
  • 手が思うように動かない状態
  • 泣く気力・集中力がない状態
  • 自殺企図をしていた時期

これらの症状がバラバラに出ていたわけではなく、同時期だったり波があって繰り返したりしてありました。

 

ほぼ寝たきり状態は、言葉の通り一日のほとんどをベッドの上で横になって過ごしていました。鉛様麻痺や起き上がっていると頭が気持ち悪くなってくる状態です。薬を飲むためになにかしらを口にして生きていました。

 

言葉が発せない状態は、例えばコーヒーを淹れてくれようとした家族に「コーヒー飲む?」と声を掛けられたときに、「うん」の一言すらまともに出て来ない状態でした。言葉を話そうとしても頭が回らない感じで、コーヒーは好きだけど飲んでも飲まなくてもどちらでも構わないなと思いながらそれが言葉になって口から出ることはなく、口を開けて「あ……」というくらいでした。

 

寝たきりではなくて居間に座って居られるようになって、テレビに目を向けられるようになっても暫くは番組がひとつ終わるまで観ていられませんでした。初めは興味があって見始めても、30分もせずに頭がぼーっとしてしまって疲れを感じて、観ることをやめて横になるしかない状態でした。

 

文字は読めるが文章は読めない、というのは体験したことがないとピンとこないことでしょうが、うつ病体験者からはよく聞く症状でもあります。メモ書きくらいの単語なら読んで理解することができるのですが、本を読むなどなにかまとまった内容のあるものを何行か読もうとすると、目は文字を追っているのに内容が頭に入ってこない・目で文字を追うのも難しく何度も同じ行を読んでしまうということが起きるのです。

 

座って居られるけれどテレビを1番組観るのも疲れる、かといって人がワイワイ喋っている番組で視覚情報も聴覚情報も多いものはもっと疲れる、というときにはYouTubeでメッセージ性がほとんどない動画を観たり、百円均一で売っているトムとジェリーのDVDを観たりしました。

 

手が思うように動かなくなったことに気が付いたとき、個人的にはうつ病の症状の中で最もショックがあったように思います。元気だった頃の私は、物を作ることに楽しみを感じて過ごしてきた時間が多かったです。幼い頃には「手先が器用だ」と褒められることが嬉しく、大人になってからも誰かが私を褒めてくれるとき「字が綺麗」と言われることが、恐らく一番手軽な褒め言葉だったが故に多く言われたことでした。

手が以前の自分の手がように動かなくなって、自分が自分でなくなってしまったような感じがしました。病気になる前の私は居ないのだと実感しました。

そして考えました。長く生きて年老いた人が若い頃にできたことができなくなるというのは、こういう感覚なのではないかと。老人になったこともないのに、老人の気持ちがわかるような気がしました。

 

泣くことは、涙を流す行為自体がストレス発散になります。涙はストレスホルモンを体液に混ぜて排出するものです。声を上げて泣けば、声を出すことによるストレス解消効果があるでしょう。しかしそれらには最低限の体力と気力が必要なのです。

 

自殺企図とは自殺を企てるということですが、「死にたい」とか「消えてなくなりたい」という希死念慮を抱くときの感情の落ち込みのようなものはなく、自殺することを前提にどうやって自殺しようかと真面目に起きている間中考えている状態でした。

憑りつかれている、というより乗っ取られているようで、心はほとんど動くことがなく頭だけが働いているようでした。

これは連続して2週間くらいの期間続きました。

 

あまり長い記事は自分で読みづらいので、今回はこれくらいにして、あとで思いついたことがあったら付け足したいと思います。