考えの調理場

不登校から教員免許取得。【反復性うつ病性障害&強迫体験】女の、考えの調理場。

アウトプットによる精神衛生と他者との関り

うつ病の快復期にブログを始めた 小柏まき です。

 

精神疾患で社会生活から離れることを余儀なくされた人は、症状が酷ければ“何もしない”ということを意識的にして、心身の力を回復する必要があります。
しかし、精神疾患自体が健康な人から理解されにくい側面があることや、他者との関りが病気に悪影響を与えることから、物理的にも精神的にも孤立しやすいものです。一人で過ごした期間が長くなると、いろいろな人間関係が更に複雑になったり希薄になったりしていきます。

 

メンタルの不調が原因で、人間関係や情報摂取の制限をしてストレスから隔絶した環境で療養しようとすると、例えば友人とのお喋りのような、少しの負荷と共に承認欲求を満たすような活動をほとんど無くさざるを得なくなってしまいますよね。

ストレスから解放されようと選んでいる行動によって、それらの欲求を満たせなくなって自尊感情を低下させる、という皮肉な連鎖が生まれがちです。

 

 

そういった 欲求不満解消プラスα の効果を得られるのが、SNSの活用 なのかもしれないと、最近よく考えます。

 

近頃、うつ病仲間(うつ病減らスンジャー)のツイキャスを聞くことが、しばしばあります。そこでは“配信者の声”と“聞き手の文字のコメント”という形でコミュニケーションが成立します。と同時に、配信者がコラボする場合は配信者同士、また聞き手同士のコメントのやり取りというコミュニケーションも成立します。

こうした関りが少しずつ増えてくると、Twitterの140字内のつぶやきの向こう側に『人間としての相手』をより強く感じることができるような気がします。

現に、そうやって私と関りを持ってくれる方が居てくださることは、とても心強いことです。

 

 

自閉症スペクトラムと診断されてはいませんが、どちらかというと自閉的傾向がある私のようなタイプの人間は、そもそも友達を多く持ちたいと思うほうではなく、人との繋がりの数が比較的少ないので、数少ない友人関係が疎遠になると独りぼっちになりやすいです。

 

一人でいることが苦にならない性格を持っている人は、一人でできる趣味を持ちやすいと思います。例をあげると、楽器演奏・物づくり・作画・作文、などです。

また、情報を受け取る分野でも一人で掘り下げることができるものが多いので、知識を多く収集することができます。例をあげると、音楽鑑賞・美術鑑賞・読書・スポーツ観戦・映画鑑賞、などです。

 

うつ状態が酷いときなどはインプットもアウトプットもできませんが、徐々に回復してくると受動的に情報を吸収できるようになってきます。

インプット情報の量が多くなって、体力・気力が更に回復してくると、アウトプットをしたい気持ちになってきます。

 

このブログでは、反復性うつ病性障害や不登校について私自身の体験や考えを視覚化していますが、これは自分で考えを整理する場や備忘録的な役割を果たすと同時に、発信行為でもあります。

もしかしたら、鬱の快復期にはアウトプットする行為が必要なのではないかと、近頃感じることが多いのです。

 

何かしら発信している人は、同じカテゴリーに属する人と情報共有や意見交換の機会を得ることがあります。それが程よい距離を保ったコミュニケーションになれば、お互いが、知人・友人の関係になり得ますし、病気の快復に役立つと考えています。

 

表現行為は、情報的なモノでも芸術的なモノでもいいと思います。それが自己観察にも繋がり、同時に誰かに触れてもらうことで様々な欲求を満たしながら、人との関わりのリハビリになるのではないかと思います。