メンタリストDaiGoさんが、先日YouTubeに投稿していた動画を観ました。
京アニの事件の被害者の実名報道について、批判していたものです。
メンタリストDaiGoといえば、一時期は「メンタリスト」という言葉を世に定着させるくらいに見聞きした人物です。「見聞きした」というのは、当時はテレビや書籍などで大きく扱われていた、それを私含め多くの人が受動的に受け取っていた、ということです。
近頃テレビで以前のように見かけなくなったのは、きっと自身の本当にやりたいことをやっているからなのだろう。という想像を裏切らない圧倒的視聴者数を誇る動画配信をしている人で、その中身は常に沢山の論文を読み・本を書き・情報を発信する人。というイメージです。
そんな有名な人が、テレビ局や新聞社を名指しで批判していることが、とても人間らしくて、報道というものを見直す風潮を作る一石になればいいなと思いました。
個人的にも、報道で嫌な思いをしたことが、昔ありました。
それは某ネットニュースで、当時はネットニュースに読者が匿名でコメントを書ける仕様でした。
当時は私と親戚関係になる可能性があった人のことです。その人が、突然亡くなりました。
某ネットニュースでは、公共交通機関の麻痺とその影響、そしてその原因が一人の人間の自殺だと報じられたのでした。
誤報であることは、事情を知っている人ならすぐにわかりました。亡くなった人は持病があって、それまでにも意識を失って倒れたことがありました。
状況だけを考えてもそうでした。お土産を買った旅行からの帰り道、旅先でも住んでいる場所の近くでもない地点で自殺するなんて、おかしな話でした。
しかし世の中的には、本当のことなんていうものは、一つの誤報に踏みにじられてしまうものなのです。
そのニュース記事には、誹謗中傷のコメントが匿名の読者から沢山書かれていました。コメントの内容は、交通機関を自殺に使うことを迷惑がったものや、自殺成功に嫌味な言葉と絵文字を使ったもの、沢山の人に迷惑をかけた損害を交通機関は遺族に孫の代までかかっても賠償請求するべきだというようなものがありました。
一方では、家族を突然亡くして、ショックを受け悲しんでいる人たちが居ました。葬儀の準備や様々な手続きに追われていながら、きっとご遺体と対面することもままならない、そういう人たちが確実に居るのに、それを誤って報道し、ニュースを鵜呑みにし安易に罵詈雑言を並べる人たちが居ました。
たった一言でも報道されてしまえば、当事者は訂正や反論の機会も与えられず、それが誤りでも責任を取ってもらえるわけでもありません。
こういうスッキリしない話には、「名誉棄損で訴えればいいのに」という感想を持ちやすいかもしれません。ですが、想像してみてください……。
幸い、ネットニュースの誹謗中傷を見たのは、私と限られた人だけでした。