今年も桜を見に行けた 小柏まき です。
昨年5月から病院に併設された運動施設に通うようになり、外出する機会が大幅に増えました。その頃から新しく内科にも通うようになり、体調不良について内科的療法を受けるようになりました。過去の記事を読み返すと、以前に比べて外出人に具合が悪くなる頻度や程度が改善したのだと感じました。
体調が今よりずっと悪かったときには、外出するか否かを予定して人と一緒に出掛けるということがまずとても難しかったです。それに、桜の開花の程度に合わせて急遽見に行くというのもとてもハードルが高かったです。現在の私の状態でも健康体の人とは掛け離れているかも知れませんが、以前の自分と比べるとだいぶ活動可能な範囲が増えたものです。
さて、タイトルの桜のピンク色の度合いについてです。
これは前回(2023年投稿)の桜を透明水彩で描くのが難しい理由に関する記事を投稿したのちにもずっと頭の片隅でぼんやり考えていたことでした。
↓当該記事はこちら
↑こちらの記事の結論を端的に表せば、明度の高さ・繊細さと全体感 に因るものではないかという内容でした。
今回追記したいことを簡潔に表すなら、 “人の目は明度が高いほど彩度を感じ取りやすい” ということです。
過去にデザイン会社で働いていた方から、印刷された黒の色味の違いを「青みの黒」や「赤みの黒」かどうか、別の素材の物に同じように印刷されているかどうかなどを蛍光灯の下や日光の下で角度を変えたりしながら目を凝らして見比べたことがあるというお話を聞いたことがあります。それを聞いて、確かに黒っぽい色って見分けがつきにくいなぁと頭では想像したのでした。
そして、頭の片隅にあった「桜は思ってるよりピンク色ではない」というのがぼんやり繋がる感じがしました。桜の花の絵で少しピンク色が濃いと不自然に感じる理由として、日本には日常で通る道端や公園やあらゆるところにあって季節になると見た体験が多い桜というものの色に対して馴染みがあり記憶と照らして比べやすいこと、そして明度が高いが故にその彩度に敏感になっていることにあるのだと納得しました。
明るい色が見えるということはその物が反射して目に入っている光の量が多いということです。少ない量からその質を判断するより、簡単にその質が判断しやすいのは考えてみれば当然のことでした。
そんなことをぼんやり考えながら描いたのが昨年のこの絵『神社の桜』です。
動画撮影にも挑戦してYouTubeでは描いてる様子も見られます↓