考えの調理場

不登校から教員免許取得。【反復性うつ病性障害&強迫体験】女の、考えの調理場。

絵のモデルは誰でしょう?①

ハマると寝食を忘れてそればかりになる 小柏まき です。

 

うつ病の状態が毎週1時間のドラマを見ていられるようになってから、連続ドラマを幾つか観るようになりました。そんな今期ももう終盤です。

 

 

 

この絵のモデルは誰でしょう?

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下の【】の中に白い文字で正解があります。

 

 

 

答え

北川景子

できることのムラの中で

反復性うつ病性障害、強迫性障害パニック障害・社交不安障害(未診断)の 小柏まき です。

 

今年は自立支援医療の更新に診断書が必要になる年だと記憶しているので、今の主治医に自分の状態を話して、診断してもらう必要があるのではないかと、少々悩んでいます。

 

以前の主治医による診断書には、「反復性うつ病性障害」と「強迫体験」などと記されていました。

というのも、私の中に「自分は具合が悪くなる個体だから仕方ない」という病識の無さや、「症状を話すのが恥ずかしい」という気持ちと、「社交不安障害と診断名がついたところで処方薬は変わらないだろう」という考えがあるからです。

 

 

しかしながら、生きづらい、不自由なことが多いことは悲しいものです。

 

 

先日、数年ぶりに かぎ針編み(クロッシェ)をしてみました。

幾つか編んでみたのですが、少し大きめのものを数日かけて編んでいたら、軽い腱鞘炎のような痛みが手首に出てしまいました。

 

今よりも元気だった頃には考えられないほど、身体も脳も、弱って力がない状態になってしまっています。

 

写真はレース編みのコースターです。

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このコースター、編み上がったと思ってアイロンの蒸気を当てようとアイロン台にピンでとめているときに、間違って編んでいたことに気がつきました。

やはり元気な時に比べると、頭がぼーっとしているのだと感じました。

 

間違いに途中で気付けば、沢山の糸を解くことになっても戻って編み直す、というのが私の元々の性格です。

なので、そもそも編み直さなくていいように、何度も何度も数えながら編み進めるというタイプでした。

この病気になって、完璧主義をやめて病気を治したいと考えるようになってから、完璧な物を作ることよりも、“楽しんでできること”を優先するようになったので、ちゃんと数えれば気付くはずの間違いに気づかないまま編み上げてしまいました。

これは意識的に矯正したことなので、この歪なコースターは、完璧主義から遠ざかることができたという、前進の証のようなものです。

 

 

できなくて不自由に感じたり孤独や悲しみを感じたりしていること、それらは、どうしようもなく存在している今の私なのです。

 

人にメッセージを手書きしようとしたら、ドラマの演技でもわざとらしくて笑ってしまうくらいに手が震えて、まったく思うように文字が書けないこと。

人と関わるのが好きでお喋りしたい気持ちとは裏腹に、言葉が出て来なくなってしまって思うように喋れないこと。

外に出て、お店に行って店員さんと話すことが楽しかったのが嘘のように、人と対峙すると立っていることも困難になることがあること。

オシャレを楽しむことが好きだったのに、恐怖を感じるほど太る副作用を持つ薬も、効き目を優先して選んでいること。

これらの全部が、内に秘めていても、こうしてブログに書いても、変わらない今の私なのです。

 

 

こうやって私は自分に、語り掛けるのです。

「自分そのままを受け入れてやれ」と。

過去の惨めさを受け入れる【愛着再形成(仮)】

近頃ふと、過去の自分の惨めさや悲しみや孤独を、それと感じずに過ごしてしまっていることに気がついた、小柏まき です。

 

 

 

今回の記事の概要

過去の自分が惨めな状況にあったということに自覚的になることで、自己肯定の基盤を作ることができるのではないか。自分に欠陥がある、自分が不甲斐ないせいでままならない、という認識を改めることになるのではないか、という仮説です。

 

 

 

今の持病を根治か寛解したい

反復性うつ病性障害の根底に発達障害を疑ってみたことがありますが、主治医に言わせると私は自閉傾向があるが障害とは呼べないとのことでした。

発達障害を疑う前には、愛着障害を疑っていました。なぜ反復性うつ病性障害のベースに他のものの存在を疑うかというと、根本にある原因がわかれば対処の方法があるかもしれないからです。「根こそぎ治してしまいたい」という考え方こそ、白か黒かハッキリさせようというような、うつ病になりやすい思考グセなのかもしれませんが……。

どちらにせよ、自分の性質を把握していくことで“自分を乗りこなすこと”がしやすくなるといいなと考えています。

 

 

感情を感じていなかった過去

少し前に、とある人の現状に対して、過去の自分と重ねて「羨ましい」という言葉が出てきました。

そこで「羨ましい」という言葉はネガティブなものだと指摘してくれる人が居ました。ところが、言葉を発した私自身にはネガティブな感情が一切ありませんでした。

その後も思い返しては、羨ましい気持ちは変わらないのになぜネガティブな感情が湧き上がってこないのか、考えていました。

そして、羨ましがっているのは誰かと考えたときに、それは現在の私ではなく過去の私なのだと考えました。

イメージとしては、現在の私の中に、過去の私が居て、正直な気持ちを伝えてきているのがそのまま口から出てしまったようでした。

では、過去の私以外の部分の現在の私は、そのことについて「羨ましい」と感じているのでしょうか? そうではないのだと思います。過去は過去、済んだこととして切り離して考えているのです。ネガティブな感情にならないのは、このためでした。

昔の私は、自分のことを惨めだとも孤独だとも感じていなかったんだと思います。すべて自分のせいで悪いことが起こって、周りの人たちに迷惑をかけていると思い込んでいたのでしょう。

 

 

解離を認めて愛着を形成し直す

その過去の自分を、今の自分が「惨めだった」「悲しかった」「孤独だった」と認めてあげることで、今の自分が過去の自分にとって愛着形成の対象(養育者)の役割をやっているのではないか、という仮説を立ててみました。

別の見方をすれば、これは、解離していたときの感情を改めて感じ直すようなことかもしれません。

考えてみれば私は、自我を形成するにあたって『自分を否定された経験』というものに心当たりがありません。これは、実際に他者から否定的な言葉や態度を向けられたことが無い、という意味ではありません。

他者からの否定的な言動は、私自身の力不足に起因するものであって、正当なものであると思い込んでいました。そのため、反発心を抱くことがなく『否定された』という認識を持てなかったのでしょう。

このことは、私自身の内側にすら自分の味方をする存在が居なかった、ということです。

私の自己肯定感の低さは、こうした思考によって築かれたのではないでしょうか。

 

 

コントロールするどころか正体がわからない感情

こうしてしばらくの期間、自分の内側について考えてみていました。

すると、ある日から突然、ツラい感情に支配されてしまいました。感情に飲み込まれて、わけもわからず泣いてばかりいるという日が続きました。泣いている理由を考えようとしても上手く整理がつかず、その感情がどう形容されるものなのかもわかりませんでした。

そうかと思うと、今まで心が動いていたことに関して心が動かなくなったりして、そもそも感情が有るのか無いのか自体もわからなくなってしまいました。

そんな状態を何日だか何週間だか経ると、気が済んだとでもいうように、元の心が動く状態に戻りました。

 

強い感情に飲み込まれているときには、その感情の正体がわからないものなのだと思いました。

「悲しい」「さみしい」「苦しい」「虚しい」「恥ずかしい」「もどかしい」

少し冷静に捉えられるようになってはじめて、その感情を形容することができるのでしょう。しかしながら、ひとつの言葉に収まらない場合は多く、織り交ざった感情や心の動きによって移り変わる感情を正確に捉えることは難しいものです。

 

 

忘れていた記憶

不快な気持ちを伴うことが健全だ、と思うような体験を、その体験ごと忘れてしまっていることがままあります。

特にきっかけがあったわけではなくても、ふと昔の出来事を思い出して、その出来事の存在自体を忘れていた自分に少し驚くようなことが、少し前にもありました。

その出来事に興味が無くて思い出さずにいただけなのか、本音では嫌な記憶だから意識に上らないようにしていたのか、自分でもわかりません。

 

 

 

これからも生きていくとしたら、ここ数週間のような、考えることと感じることを、きっと繰り返していくのでしょう。感じることを補うように、考えていくことでしょう。

きっとそうやって少しずつ、自分自身の内側を頑丈なものに、“人ひとり分の価値がある”と自分で認められる自分に、造り直していくのだと思います。本当に少しずつ。

手を描くイメージ

 

急に絵が描きたくなるときがある 小柏まき です。

 

類は友を呼ぶのでしょうか、とてもゆっくり少しずつですが発信していると、有難いことに同じように絵を描くのが好きな人とお近づきになる機会があります。

絵を描く人には勝手にある程度の共感を持ってしまうわけです。

 

そんな中、手を描くことに苦手意識があるという方がいました。

どうやら、見たまま描いてるつもりなのに上手く描けないそうでした。

 

 

 

見たものをうまく絵にできない理由

二つの目で物を見ている私たちは、物を立体的に見ています。

例えば『手』のように、ひとつのまとまりのある物として見えていても、それを構成する視覚的情報はとても多いです。場所によって色が微妙に違っていたり、柔らかそう・硬そうなどの質感も、見れば見るほど小さな差に気づき、受け取る情報は多くなります。

その情報を平面に落とし込む、紙や画面の上で線や面で再現するには、線や面に変換できない分の情報をそぎ落とさなければなりません。

つまり、見ている物を単純に捉えられないから、絵が思うように描けないのです。

 

これは、私が考え出したことではなく、かといって美術の時間に先生に教えてもらったわけでもありません。

絵が好きで、描いて描いて描きまくって実力を培ってきた方が、教えてくれたことでした。

 

 

手をシンプルに捉えるには

手は人体の中でも器用に動く部分で、いろいろなポーズをとることができます。

しかしながら、どんなポーズをとっている手でも、それを構成しているモノに変化はありません。

簡単にパーツ分けしていくと、それぞれの指と、指を束ねている手の平部分に分けられます。

 

 

形が変わらない部分をイメージする

大きく動かせる部分ほど、皮膚に伸縮性とゆとりがあります。ここでいう“ゆとり”とは、シワになる分の皮膚です。

また、肉の部分も動きに合わせて形が変わる程度の柔らかさがあります。

というわけで、手を構成している材料で一番形が変わりにくい・硬いのは、骨であろうと想像できます。

 

 

骨格を描いて肉付けする

おおまかに骨格部分を描いてみて、それを補助線として肉と皮膚を付けるように描いていきます。

肉付けしてみて不格好に感じたときは、骨組みを見直してみると修正点を発見しやすいと思います。

描いてみたのがこちらです。

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薬指と小指が自然に少し曲がっているところを描いたつもりです。

 

 

自分の絵をこうして改めて見ると、まだまだ改善の余地がありそうで恥ずかしいものですが、深夜に思い立って試しに描いてみたということで自分を大目に見てあげようと思います。

 

冒頭で登場した、手を描くことに苦手意識を持っていた方に、投げたボールをくわえて走って来る飼い犬のように、この試し描きを添えて連絡しました。

すると、予想以上の反応と行動力を発揮してくれました。

まず、飲み込みが早くて、伝えたいことが伝わっている感覚がありました。そして、更には、すぐに手を描いて画像を送ってくれました。それから一日と経たずに、手のポーズを変えて描いては独自の研究を深めていくのが見て取れて、嬉しくなりました。

しかも「教えてもらいました」と私を立ててくれる気遣い、有難いことです。

彼女は私のTwitterのアイコンを描いてくれた方でもあります。

 

そんな彼女、 なな (id:iroiroyuruyuru)   さんのブログはこちら↓ 


www.iroiroyuruyuru.com

 

 

今回、私も意識的に手を描く機会をもらえました。また気が向いたときには描きたいように描いてみるつもりです。

絵に限ったことではありませんが、楽しめること・自分の心にとっていいこと、ってすごく大切だなと思います。

手の甲の皮膚は簡単につまめるのに、手の平の皮膚は……なんて見て触ってみるだけでも小さな発見があるかもしれません。

減薬チャレンジ

今月の通院後から、減薬チャレンジ始めました。小柏まき です。

 

 

薬を減らそうと試みるのは、現在お世話になっているメンタルクリニックに通い始めてから、二度目です。その前に通っていたクリニックでも一度やってみて、体調が悪くなってもとに戻す、という経験があるので、今回のうつ病になってから三度目の減薬チャレンジです。

 

 

現在、処方されている薬は7種類です。抗うつ薬3種類、抗不安薬眠剤、胃薬、痛み止めの頓服 です。

以前のクリニックでも、薬をできるだけ減らそうと考えてくれる医師でした。現在のところに通院するようになってからも、ほぼ毎回の診察時に「薬が多い」と気にされてきました。

 

痛み止めの頓服を処方してもらう必要がないときには、6種類の薬を処方してもらっていました。

うつ病の症状のひとつである頭痛が、何日も続けてやってくると、市販薬を高額で買って来て服用するのも嫌になってきて、主治医に痛み止めを出してもらうのでした。

 

 

薬を減らしてみて

 

私が服用しているものには、毎食後の薬と、朝夕の食後の薬、寝る前の薬、頓服があります。

今回、減らしてみているのは、昼食後に飲む薬の全部です。内訳は、抗うつ薬1種類2錠、抗不安薬1錠、胃薬1カプセルです。

 

減薬が決まって、薬局に行って薬の準備ができたと呼ばれたカウンターで、いつも薬を種類ごとに確認してくれる薬剤師さんが、「今回からお薬減らすことになったようですが、体調のほうは如何ですか?」と声をかけてくれました。

それよりも私のテンションを上げたのは、その後の会計の値段がグッと安くなっていたことでした。

 

診察時間を午前にしているので、病院・薬局で用が済むとすぐにお昼時でした。

すると、「今からお昼ご飯を食べても、薬を飲まなくていいんだ!」という開放感があり、「ということは、これから先、外で昼食の時間を含んだ外出をするときに薬を持たずに家を出てもいいのかもしれない」という考えに至り、嬉しくなりました。

 

 

服薬が当たり前になって気付かずにいたこと

 

いつもは食後の薬を飲むために食事を摂らなきゃいけないと、頭の片隅で意識していたこと。

食事でお腹がいっぱいになっても更に薬を飲まなければいけないことにストレスを感じていたこと。

お金が掛かるばかりの病気の自分を嫌っていること。

などが、改めて意識されました。

 

 

処方薬が減るということは、病気が治ってきている、快復に向かって進んでいる、ということだと捉えられます。

そこに喜びを感じるのは、健全な反応ながら、減薬が上手くいかなかったときには落胆する原因にもなります。

 

同じように減薬している人から、「早く減薬したいから不安感とか医師に言わなかった(中略)安定が大事なのでそこは注意していきましょう」と助言をいただきました。

また、「その努力、前向きになれる気持ち、わかります」と言葉をかけてくれる人もいました。

「やったじゃん!よかったね。本当によかった」と言って喜んでくれる人もいました。

 

 

なりたくもない具合の悪さを抱え、うつ病だと診断され、毎回嫌だと思いながら通院し、飲みたくもない薬を飲み、それらに少なくないお金をあてて……。

精神疾患の人が抱えている現実の一部に、これらのことがあります。私もその中の一人です。

 

自責の念や罪悪感や屈辱、満たされない成功欲求、それらに耐えながら、時間をかけて考えグセを変えて病気を治そうとしているのなら。治療が少しくらい上手くいこうが、たまたま失敗しようが、目先のことに捕らわれず、本当の目標に向かっていきたいものです。

おめでとう・ありがとう

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「『元旦』とは、元日(1月1日)の朝のことである」

マメ知識っぽく始まりました、2019年(平成31年→〇〇元年)の 考えの調理場 です。

 

昨年は、自分がどんな人間なのか「自分で自分のことがわからない」というところから、人との関わりを持つことで少しずつ自分のことがわかってきたところまで快復してきました。

本年も、“ただの本当のこと”を言葉にしていこうと思います。

 

昔の日本では、今よりももっと、お正月がとても大きな行事だったと聞きました。

その当時は、新しい年にみんな一斉に歳を取るものだったそうで、元日が来るということは、みんなの誕生日が来るという意味を持っていたそうです。

それが「数え年」という年齢の数え方の根本だった、とかなんとか。

 

 

 

 

生きていてくれて、ありがとう。

 

産んでくれて、ありがとう。

 

今は居なくても、生きてきてくれて、ありがとう。

 

この生に関わってくれて、私を生きさせてくれて、ありがとう。

 

新年あけまして、おめでとうございます。

今年を迎えてくれて、ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。

 

 

今週のお題「2019年の抱負」

今年の振り返り

日記的要素が少ないブログだと書いたそばから、リアルタイムの記録的な記事を書く 小柏まき です。

 

たまには、今年を振り返ったりしてみたいと思います。

 

 

個人的 今年の漢字は、『』です。

 

まずは 外出 ですね。

一年を通して外に出た回数は、昨年のほうが多いような気がしますし、総移動距離も昨年のほうが多いかもしれませんが、今年は短期間のアパート暮らしをしたりしました。

外に出ると、翌日に疲れが出るのをひしひしと感じたので、自分の身体の調子と相談しながら、また自分の体調の変化に自覚的に、無理をせずに慣らしていきたいと思います。

 

それから、今年という私の人生の一部を占める時間の、大きな構成要素は、 出会い でした。

Twitterを使うようになり、Twitterツイキャスで人と出会いました。

また、文化的・芸術的なモノとの出会いもありました。それは、言葉であったり、絵であったり、音楽であったりしました。

 

出会いというものは、自分の世界が広がるものだなと感じます。

このブログを始めたきっかけも、今年 出会った人の影響でした。

言葉で、内側にしかなかったものを表現したり、誰かがそれを受け取ってくれたり、逆に誰かから受け取ったりすると、自分一人では考えもつかなかったことを知ることができたりします。

そして、自分の中では当たり前になっていて、その考えや体験に価値を見出せていないことに、価値を認めて私に教えてくれる人とも出会えました。

私はそういう人の言葉に、行動に、何度も気持ちが救われました。

 

過去に、もっとも信頼していた人に連絡を絶たれ、自分の“人を信じる力”を信じられなくなった私は、しばらくは他者との関わりを最小限にして過ごしていた時期があります。何かを吸収することも、何かを伝えることも、特にない日々でした。

人とコミュニケーションをとるということには、そこから変わろうとする私の生活や考えグセを、少しずつ変える力があるのだと感じさせられます。

 

人と、間接的ながらもコミュニケーションをとることが 出来た 年でもありました。

また、ライティングセラピーと思考や気持ちの視覚化を目的として、このブログを始めることが 出来た 年でした。

 

元々は、細かい手作業や、絵を描くことが好きだったことから、なんとなく作品の写真や描いた絵をSNSにアップしてみた。ということもありました。

褒めてくれる人が居たり、リクエストをくれる人が居たりして、久しぶりに絵を描いてみたりもしました。

 

 

何かをやろうとすると、自分の至らない部分が気になって「こんなのじゃダメだ」と思って中途半端でやめてしまったり、ちゃんとできないことにガッカリしたりするので、その不安から始められない。なんてことが多々あった私ですが、今年は幾つかの絵を描きかけのまま放置しています。読みかけのまま離れてしまった小説もあります。

やりかけのモノが気にならないわけではありませんし、気が向いたら続きをしようというくらいには思っていますが、途中でやめられるということは“そこまではやっている”ということで、“始めることができている”ともいえるのです。

 

うつ病を繰り返す、自分の能力以上を求める完璧主義者にとっては、この『中途半端になろうがどうだろうが、構わずに始めて、楽しんでできる』というのは、成長した点と捉えてもいいと考えるようになりました。

 

 

実はこのブログの更新も、30記事くらいまではほぼ毎日更新したいと思って書いていました。予定通り30記事ほど溜まってからは、更新頻度が低くなったのは「記事数をむやみに増やすと自分が読みにくくなる」「自分に“課す”ことをしたくない」という理由で、当初から考えていたことでした。

今は月に数回、ゆるく、けれど書きたいことだけを更新することができています。

 

 

今年の前半には『幸』とか『生』とかの漢字を遣うことが多かったのですが、今になって振り返ると、「今ある幸せをちゃんと感じたい」「生きていることを自覚していたい」という意識がどこかにあったから、言葉として出てきていたように思います。

 

現在は、前よりも自然に「幸せ~」とか「生きててよかったぁ」とか言っている気がします。これからも、いつの間にか心の声が出てしまっていて、それがポジティブな言葉だったらいいなと、そんな風に過ごせたらいいなと思っています。

 

 

お題「あなたの「今年の漢字」」

お題「ブログをはじめたきっかけ」

お題「2018年を振り返る」