考えの調理場

不登校から教員免許取得。【反復性うつ病性障害&強迫性障害】女の、考えの調理場。

絵を描く日常[課さない努力]と[楽しみ]の折衷

お絵描き脳の 小柏まき です。

近頃はすっかり文章を書く意欲が湧かなくなってしまいました。

それどころか、言葉が、単語も出てきづらく、自分で思ったことも忘れてしまうことが多いような気がします。うつ病性の健忘症というヤツでしょうか。

今やテレビのニュース番組でもTwitterの投稿を元にしていたりする時代です。短い言葉を手軽に書き留めておいて、見返すときにも何月何日の何時に呟いたかわかるという面で、とても重宝なので、Twitterの使用頻度が上がっています。

文章を読む能力も低空飛行といった感じで、以前はよく読ませていただいていた方々のブログも、読めないことが続いています。

 

とはいっても、ブログを投稿しない月を作りたくない気持ちがあります。

たまには何か書かないと、自分の中で記事を書くことのハードルが上がってしまうような気がするのです。

 

 

ということで、近頃の私の生きるモチベーションの “絵を描くこと” で出来上がった絵を貼っておこうと思います。

 

f:id:ogasiwa_maki:20201014224141j:plain

A4サイズの紙に描きました。使った鉛筆はHi-uniのB4のみです。

モデルは英語でメイク動画をアップしているYouTuberの Sichenmakeholicさんです。

 

 

iPhoneの画面の写真を見ながら、頭の中で拡大して描きました。

似ているかどうかでいうと……似ていないかも知れません。

 

本来、写真のような平面を見ながら描くには、縦横に一定間隔のマス目を引いて、それを元に形を捉えていくのが正攻法なのだと思います。これは高校の美術の時間に教科書の絵の模写をしたときに教わった方法です。Google先生によればこのガイドの役割をするマス目を「グリッド」と呼ぶそうです。

 

 

私がきちんと模写の方法を取らなかった理由があります。

  1. 見た物の形を捉える能力を鍛えて、絵が上手くなりたい。
  2. 今できる楽しみをやりたい。

これらの理由で、見た感じを気の向くままに描いています。

 

の「今できる楽しみ」というのは、患っている うつ病と深い関係があります。

今回のうつ病の症状が酷かったとき、絵を描く気力も集中力もありませんでした。手が震えて文字も書けず、それどころか鉛筆を調度いい力で握ることもままならず、出来ないことばかりでした。

私自身、やっとこの大きさの絵が描けるまでに快復したという気持ちがとても大きいです。しかし、反復性うつ病性障害というのは、よくなったり悪くなったりを繰り返すものです。いつ、また絵が描けなくなってもおかしくありません。

また描けなくなってもう二度と描けないまま人生を終えるかもしれないので、「今のうちに描いておきたい」という気持ちも少しあります。しかしそれ以上に、描けるようになった楽しみに浸って喜んでいたいです。

楽しみをちゃんと味わうには、「~でなければならない」といったような、“自分に課すこと” を避けていく必要があります。ツラさが楽しさを上回ってばかりになってしまっては、本末転倒です。

 

絵を描くと、自分の絵の下手さが見えるものです。何度も描き直します。ここで大切なのは、「なんでこんなに下手なんだ」「また直さなきゃ」と落ち込む要素よりも、「前よりはマシになった」「ここまで描けた」と出来たことに気持ちを向けるように意識することです。下手な絵を描いても、誰かに迷惑がかかることはほとんどありません。ネガティブな思考が困った状況を防ぐためのものだと考えれば、趣味においてはほとんどの場合無視していいものだと思います。

私は楽しくて絵を描いています。

ずっと絵を描き続けている人に比べれば、能力が劣っていて当然です。でもだから、描ける今に沢山描きたいですし、そのためには描くことを嫌いになりたくありません。

 

主治医も、集中力が戻ってきたことなどを含め、私の趣味を肯定してくれました。心強いです。

母の髪を切る新しい日常

文章を書く意欲があまりない日々を送って久しい 小柏まき です。

文章を書くときに使う脳と、絵を描くときに使う脳は、きっと部位が違うのだろうと、そして今は絵を描くときに使う脳が働きやすい時期にあるのだと解釈しています。

 

 

新型コロナ感染拡大防止のための外出自粛要請後、すっかり行かなくなったのが美容院です。

とはいえ私は元々、社交不安障害の症状で苦痛の方が勝ってしまうため自分の髪は自分で切っています。美容関係の人が見れば、出来の悪い髪型をしているかも知れませんが、自分の気ままにしているというのは気楽なものです。昔からロングなことがほとんどなので、自分で切り揃えるのも大した苦労はありません。

私自身の髪はそれで問題ないのですが、美容院に行かなくなって困ったのは母親です。

母はいつも美容院ではカットと白髪染めをしていました。パーマをかけなくても程よくふんわりするタイプの毛量の多い天然パーマです。それ故、髪型はいつもショートカットです。伸びてくると目に見えて髪型が崩れてきますし、白髪も目立ってきます。

そこで、私が母のお抱え美容師もどきになることになりました。

 

……それから数ヶ月、もうずっと美容院に行っていない母の髪は、伸びてくるたびに私がカットし染めています。

人の髪を、ましてや大人の髪を切るなんて、今までの人生でも経験して来なかったのに、今では当たり前のように切る機会があります。

何度かやっているうちに、頭の形とどれくらい切っていいかが、ド素人なりに掴めてきた気がします。

 

カットしてシャンプー、タオルドライ後の髪型はこんな感じです↓ 

f:id:ogasiwa_maki:20200908134204j:image

 

天然パーマなのでハネているところがありますし、どうやっても上手く写真に撮れませんでした。

髪型として成立している、と思いたいです。白髪染めは、また日を開けてやりました。

 

 

きっとこの、髪を切ることで使う脳も、絵を描くのに使う脳と同じような部位なのだろうなという風に思っています。

不登校でも生きてて

小学4年の途中から、中学校卒業まで不登校だった 小柏まき です。

 

テレビの情報番組で、「夏休み明けは生徒の自殺率件数が増える」「不登校の生徒が、コロナ禍の夏休み短縮などの影響で尚更学校に行きづらくなる」という内容を扱っていました。

元々そのテレビ番組を意識して見ていたわけではなく、たまたま家族が付けていたのをチラッと見ただけなので詳しい内容はわかりませんでした。

 

 

私自身も、不登校だった当時は家庭と学校が世界のすべてでした。

大人になった今も、子どもの頃とは別の大きな世界で生きている感覚ではありません。人は誰でも、置かれた環境、所属している場所の人たちで構成された小さな社会を幾つか持っていて、そこを行き来しているのだと思います。

不登校だった頃は、不登校児童・生徒” という肩書を持っていて、家族や親戚や近所の人に不登校の子として扱われていることが多かった……というか、不登校という要素を抜きにして扱われていたことがあったかどうか、ちょっと考えただけでは思い出せないくらい少ないです。

そうやって常に “不登校児” だった私は、自分の体調不良や学校へ行くのが怖くて仕方ない気持ちを悪いもののように思っていましたし、そんな自分が嫌でした。

「消えてなくなりたい」「逃げたい」と何度思ったかわかりません。

 

それでも私は、今もこうして生きています。

病人として、大人として、人間として。まだ一度も途切れずにいるから、今も続いているのです。

生きていればいいことがある、とは言い切れません。言えるのは、生きていればいいことがある可能性があるかもしれない、ということです。

このブログが、画面一つ通して、過去の私のような人に届くといいなと思います。言葉にすれば伝わるとは限りません。ただ、言葉にすれば伝わる可能性があるかもしれません。

 

生きていることは致死率100%です。

100年後には、私のことを直接見知って覚えている人は、おそらく居ません。

 

 

小学4年の途中から授業を受けていない私は、学校に行っていた人が受けた図工の授業を羨ましく思います。

中学の授業を1つも受けたことのない私は、学校に行っていた人が受けた美術の授業を羨ましく思います。

でももし今、目の前に当時の不登校の私が居たとしても、「学校へ行きなさい」とは言いません。「死なずにいたから、今も生きてるよ。」と、言うかもしれません。

会食・対人恐怖との共生【SAD】

外出するとほとんどの場合、具合が悪くなる 小柏まき です。

うつ病を繰り返し、強迫性障害に悩まされるほかに、というべきか、それらがそれぞれに関係しつつ厄介な状態にある中に含まれているというべきかわかりませんが、社交不安障害は私にとって大きな要素の一つです。

 

 

社交不安障害(SAD)の症状で、パニック発作が起きてしまうことが、私の人生ではとても大きく日常の生活や楽しみを侵害します。

 

元彼とは9年半付き合いましたが、夫婦に近い関係であったにも関わらず、社交不安障害の対人恐怖の対象外にはなりませんでした。

あるとき、二人で飲食店に行って さあビールを飲もうというときに、会食恐怖が表れて自分がバラバラになってしまいそうな強い不安と、どうやってビールを口に運んだらいいのかわからない、手が身体がどんな姿勢を取っていいかわからなくて震えてしまい、“ビールを飲む” という行動が出来なくなってしまった……ということがありました。

 

美味しい物を飲み食いする満足感や、外食に出掛けた楽しさは、強い不安にかき消され、相手に変に思われているのではないかと恥ずかしくて仕方なくなり、そんな些細な楽しみさえ満喫できない自分が心底嫌になり、消えてなくなりたい気持ちでいっぱいになります。

 

これは生まれ育った実家の家族でも同様で、私はしばしば食事のときに静かに絶望していました。

近頃は うつ病の状態がよくなってきたためか、毎日欠かさず家族と一緒に食事しているための慣れか、家族との食事で発作に悩まされることはめっきり減りました。

 

 

これで、個人的に会食や人との交流が嫌いだったら、機会を避ける方だけ向いていられたのにと、悲しくなります。

 

 

会食恐怖以外の発作で厄介なのは、いわゆるパニック発作です。

例えば、電車に乗ると、頭が気持ち悪い感覚や頭痛・目眩・温感冷感(発汗・暑さと寒さが同時にある)・息苦しさ・身体の脱力や震え・悪心 などの症状が出ることが多いです。

電車に乗るばかりではなく、人が往き来する場所へ行っても同じことが起こるので、街中や美術館では大抵具合が悪くなります。

 

しかし、私にとっては発作が起きて苦しいのは当たり前のことなので、電車で通勤通学していましたし、見たい作品があるときには美術館に行きます。

苦痛があるから、という理由で行動せずにいたら、楽しいことの多くを諦めなくてはいけないからです。

 

 

そして、ツラいのは対人恐怖です。

店員さん、主治医、知人、親戚……。顔を合わせただけで、極度の緊張状態になって、立っている(座っている)姿勢が保てないくらい身体が震えて、コミュニケーションを取ることや最低限の必要なやり取りさえどうでもよくなり逃げ出したい一心になります。

症状が出ないときもあります。症状が出るときと出ないときで何が違うのか、全くわからず予測できません。

挙動不審なコミュ障というキャラでいいのに、変な奴と思われたってどうでもいいのに、考えや気持ちや体調を精一杯整えても、症状が出るスイッチは私の意思とは別に勝手に入ってしまうのです。

 

 

また、こういった症状は、恥ずかしいので隠したい気持ちが働くのと、自分の話をするというコミュニケーションを取らなくてはいけない上に、それを乗り越え意を決して話しても理解されないことが多いです。

 

実際に、主治医に相談しても、少し的外れなアドバイスを受けます。「それが出来ないのが問題なのだけど……」という感じです。

緊張する場面に使える頓服はありますか? と訊くと、普段から食後に飲んでいる抗不安薬を、一日量を変えずに時間をずらして飲む方法を勧められました。

 

心身ともに、疲弊してしまいます。

セーラームーンチャレンジやってみて

トレンドに乗り遅れても、その場ごとの楽しみ方をしていきたい 小柏まき です。

今年の5月頃だったでしょうか、「#セーラームーンチャレンジ」のタグが日本で流行しました。もともとはもう少し前から「#sailormoonReDraw」というタグで外国を中心にSNSで流行っていたそうです。これは、セーラームーンの25周年を祝して、プロアマ問わず “自分の絵柄でセーラームーンを描く” というものでした。

 

こんな楽しそうなブームに乗らない手はないと、チャレンジすることにしました。

 

f:id:ogasiwa_maki:20200629142048p:image

 

アニメ『美少女戦士セーラームーンS』の36話(シリーズ累計125話)のワンシーンなのだぞうです。

 

 

描いてみて改めて、キャラクターデザインが際立っていることを思い知らされました。

髪型や服装に特徴を持たせたキャラクターに設定することで、表情や角度が変わっても同一キャラだと認識しやすいものです。

セーラームーンは、格闘・恋愛・コメディーチックな、それぞれのシーンによって表現のされ方が変えられていると思います。どんな時でもセーラームーンセーラームーンに見える、というのが凄いなぁと感じました。

この『セーラームーンチャレンジ』も、キャラクターデザインがしっかりしていることで、違う絵柄で描かれていてもそれがセーラームーンだとわかるからこそ成立していると考えられるのでした。

 

それから、私は縦長の画面で描き進めてしまったことで、本家には描かれていない部分を描く必要が出てきてしまいました。それは、胸元のリボンの結び目にあるコンパクトです。この部分のコンパクトやブローチは、シリーズ毎にデザインが違ったアイテムになっています。今回描いたシーンは『セーラームーンS』であることから、それに相応しいアイテムを調べて描きました。

調べてみて、コンパクトだけでなくイヤリングやチョーカーなど様々なアイテムが、シリーズによって変えてあることを知りました。

 

今回、自分なりの絵柄・画風で有名なキャラクターを描いてみて、自分らしい絵ってどんなのかな? と考えたりするキッカケにもなりました。楽しいと思える範囲で流行に乗ってみるのもいいなと感じました。

ご時世の絵を描いた~アマビエ編~

たまに絵を描く 小柏まき です。

【疫病退散】の力を持つとされる妖怪『アマビエ』の絵を、新型コロナウイルスが蔓延する中で、よく目にするようになりました。

ja.wikipedia.org

 

半分人間で半分魚のような見た目の妖怪とされていて、疫病が流行した際には己の姿を絵に描いて人々に見せるように言ったそうです。

 

このアマビエが他の妖怪と違っている点は、予言する能力や疫病を鎮める能力を持っていることと、姿が元々設定されているところです。

水木しげる京極夏彦が好きな人はご存知だと思いますが、妖怪は元々はキャラクターではなく現象です。例えば、屋外にもかかわらず、まるでそこに見えない壁があるかのように先に進めない現象を「ぬりかべ」と呼び、キャラクターとしての姿はその現象を説明するために作られたものなのだそうです。

 

そんな不思議なアマビエ、いろいろな人がいろんなテイストの作品を制作してSNSに投稿しているのを見て、私も描いてみたくなりました。

f:id:ogasiwa_maki:20200607172509p:image

左のは、人がアマビエの衣装を着てるイメージで描きました。

右のは、幼な子っぽさと金魚っぽさを合わせて描いてみました。

 

 

右の絵が気に入ったので、線画にして “塗り絵” にしてアップしました。

これは、以前オリジナルの線画を塗り絵として使わせてくれた方々がいて、私が散々楽しませてもらった経験があったので、真似してみました。おうち時間を少しでも楽しく過ごすことに使ってもらえれば嬉しいと思いました。

 

f:id:ogasiwa_maki:20200620165208p:image

こちらが塗り絵用の線画です↑

すると、塗り絵してくれた方がいました!

 

お一方は、我らが『うつ病減らスンジャー』のキャプテン、鳥本明さん。

プリントアウトして手に入れたばかりの色鉛筆で塗ってくださいました。アナログならではの手作業感が伝わってくる淡い発色のさせ方によって、複数の色を使っていながら優しく寛容さがある作品ですね。

 

もうお一方は、前述した「以前オリジナルの線画を塗り絵として使わせてくれた方」、おばけさん です。

 

細かいところまで手が掛けられていて、大切に時間をかけてくれたことがわかります。立体感や質感まで伝わってくるような、アマビエの存在が想像させられる、完成度の作品ですね。

 

お二方とも、塗り絵にご参加くださってありがとうございました!

自分の描いた絵を誰かが塗ってくれると、こんなにも嬉しいものだとは思っていませんでした。私自身が持っていない感覚や個性が感じられて、幸せです。

 

 

ちなみにですが、このアマビエの絵を描くときにどう描いていいか迷いどころだったのが、三本足(3つのひれ?)であるところです。半分人間とはいっても、人間の足を3つ付けると可愛らしく描けなくて試行錯誤しました。

仮に魚の尾ひれが3つ付いているとしたら、どうやって泳ぐのでしょう? 一つの大きなひれのように動くとしたら、3つに分かれている必要はありませんよね。そこで私は、カメラなどの三脚のように尾ひれが配置されているのだろうと思い至りました。そしてその3つの尾ひれは、それぞれが団扇みたいにパタパタ動くというよりはもっと柔軟に、クラゲが泳ぐときのような動きをするのだろうというところに落ち着いたのでした。

絵を描くにもどこがどうなっているのか、想像力が働かされるものですね。

【体験】自己受容~希死念慮と向き合い自己肯定感を高める過程~

社交不安障害と診断されて1年が経った、うつ病の 小柏まき です。

1年経つのに見つからない

診断されて数カ月の間は、一生リハビリをしていくしかないという事実に気持ちが沈んでいました。人生をどういうスタンスで生きればいいかわからないまま、1年が経ちそうになって、保留し続けているのも嫌になってきていました。

 

目次

 

 

症状としての希死念慮

診断を受けたのが昨年4月です。今年の4月には、希死念慮が強い日が続きウンザリしていました。

うつ病うつ状態には、希死念慮が症状として含まれます。もちろん人によってはその症状がまったく無い場合もありますが、私の場合は “頭痛が酷い日” と同じようにあるものです。

 

頭痛が酷い日には、頭の痛さで目覚め、薬が効いている間しか痛くない状態でいられません。また、薬を飲めば必ず効くとは限りません。こういった頭痛が酷い日は、今回のうつ病の治療を始めたばかりの頃に比べて大分減っています。これは地道な治療の成果だと思います。

 

希死念慮も症状の一つだとわかっています。ですが、頭痛のように頓服をもらっているわけではなく、どうにか遣り過ごすしかありませんでした。希死念慮を痛みに例えると、のたうち回って耐えるしかない感覚です。

冷静になった今考えれば、抗不安薬を頓服として使用するのが精神科治療としては適切だったのかもしれません。

 

 

根本的に、希死念慮が湧いてくる仕組みを変えるには、自分の何かを変えなければと、あがいてみました。

精神疾患を抱えている人が多いツイキャスを聞かせてもらうことがよくあるのですが、そこで「希死念慮」についてや「自己肯定感を高めるには」などなど質問させていただきました。すると、何人もの人が、心と時間を使って話してくれました。

 

 

人の話を聞くことの下手さ

HSPと呼ばれる人間の特徴かもしれませんが、私は人の話を聞いていると、相手の雰囲気にのまれてしまって心がとても動かされます。声の調子などから、話し手のこちらへの気遣いや、自己開示してくれていることの心の痛みを、自分のモノのように感じてしまい、元々の自分を見失ってしまいます。

そして話し手のことを想像して感情移入してしまうので、すべてをそのまま受け取ってしまい、反射的に相手の助言を自分にそのまま当てはめようとしてしまいます。

しかしこれは厄介なもので、話し手がしている話はその人個人のことであり、私個人とは状況も何もかも違っている場合がほとんどです。よって、話し手の気持ちを想像して感情移入して泣きながら聞いていても その想像がただの私の妄想である場合や、内容が話しの発端である現在の私にそぐわない場合があります。にもかかわらず、相手の好意や善意や心の痛みを強く感じてしまい、どの部分が自分に当てはめるべきアドバイスなのかわからなくなってしまうのです。

 

有り難いことに、何人もの人が心と時間を使っていろいろな言葉を掛けてくれました。その場で感情的に受け取って、活かせないのは勿体なく失礼なことです。冷静に整理して受け取るために、何日も時間をかけてアーカイブに残った録音を数十回聞き直しました。

幾つものアドバイスをもらいました。それぞれを自分なりに取り入れていきたいと思います。

 

 

わかったこと

ここでは、大きく分けて2つのわかったことに焦点を当ててみます。

  1. 希死念慮は感情として湧いてくる
  2. 合理的な考えをすべて感情に反映できたら不安障害は存在しない

 

一つ目の、「希死念慮は感情として湧いてくる」は、希死念慮のすべてが感情からなっているという意味ではありません。今回、私を悩ませている希死念慮は、湧き上がってくる強い感情なのだと思いました。

 

二つ目の、「合理的な考え」というのは、「○○する必要はない」というような頭でわかることです。「○○する必要はない」と自分に繰り返し言い聞かせて慣れていくことで、少しずつ感情をコントロールできる部分もあるでしょうから、頭で理解することにも意味があります。しかし、理解しているからといって感情をコントロールできるとは限らないのです。

不安障害には、パニック障害や恐怖症などがありますが、ここでは高所恐怖症に例えます。高所恐怖症の人が建物の高層階の窓から外を見下ろして、恐怖で呼吸が浅くなったり鼓動が早くなったりするとき、頑丈な建物の中に居て安全であることや、高層階の窓は嵌め殺しだから自分の身体が落下することはないことを、理解していないから恐怖を感じるのでしょうか? 頭ではわかっていても、だからといって簡単にコントロールできない。それが強い感情です。

 

 

 

ここでようやく気がつきました。感情をコントロールしようとばかりしていた私は、間違っていました。

希死念慮をどうにかしたい」と思い過ぎて、希死念慮を持ってしまう自分を否定的にしか捉えられていませんでした。

これこそが、認知の歪みだったのでした。

 

 

今度は、失恋した友人の悩み相談という名の慰めの会を想定してみます。

好きな人に振られて泣きじゃくる友人に、どんな言葉を掛けるでしょうか?

「どうしてそんなに傷ついてるの?」「好きだからツラいなら好きじゃなくなるといいよ」と言うでしょうか?

強い感情の中にある人に、その感情を抑える話をしても、「受け止めてもらえない」「否定されている」と受け取られて、感情を感じ切ることができなくなっても仕方ないでしょう。その助言が善意によるものであるか否かや、理にかなっているかは、別の問題なのです。どうにもならないことで感情が溢れるのは、心の健全な働きなのですから。

強い感情に苛まれる自分自身に、「そんな感情を持つのはやめなよ」と、私は言い続けていたようなものでした。

 

 

 

Twitterでフォローしている心理系のbotアカウントのツイートでも、日常的に恐らく目にしているはずのことが、私には出来ていませんでした。

感情を感じることは悪いことではなく、その感情をちゃんと感じ切ることは、人生を歩んでいく中で大切なことです。逆に感情を抑えつけて遣り過ごそうとすると、自分で納得して次のステップに進むことの妨げになったりするものです。

 

私は今まで、「病気を治したい」「自分を変えたい」と少しずつ考えグセを矯正してきたつもりです。ですが、病気になってしまった自分・障害の苦痛に耐え続けて生きてきた自分を、認めて受け入れてあげることを疎かにしていました。

 

感情を感じている自分を認めてあげなければ、と思いました。

「○○でなければいけない」という考え方は、うつ病患者が自分自身にプレッシャーをかけてしまう、やめるべき思考グセだといわれますが、ここで私が思った「自分を認めてあげなければ」は「自分を、大切な誰かを扱うように扱ってあげよう」という肯定的なものでした。

 

 

私は自己肯定感が低く、自己肯定感を高める方法を探していました。

自己肯定感を高めるために必要だったのは、自己受容でした。

自己受容は、自分のいいところも よくないところも許して受け入れることです。それが出来て初めて、いろんな側面を持った自分を肯定する自己肯定感を高めることができるのです。

 

 

 

そんな今

この考えに至ってから、以前のような希死念慮に支配されることが今のところ無いのは、たまたまかもしれません。

 

思い返せば、今回のうつ病の初めの頃は、感情を感じることができませんでした。怒る気力も泣く集中力も、ありませんでした。当時は自分が強い感情について悩むときがくるとは思ってもみませんでした。

時間をかけて、治療が進んでいるんだなと思います。

 

 

 

関連記事を貼っておきます↓

 

ogasiwa-maki.hatenablog.com

 

 

ogasiwa-maki.hatenablog.com

 

 

ogasiwa-maki.hatenablog.com