考えの調理場

不登校から教員免許取得。【反復性うつ病性障害&強迫性障害】女の、考えの調理場。

【愛着形成・うつ病快復・不登校からの登校】の共通点

不登校に関するブログを拝読していて、感じたことを記します。

 

miyakeiori.hatenablog.com

 

不登校の児童・生徒は、安心できる場所で元気を回復して、安定してから、学校へ行くチャレンジをする。というお話で、ごもっともだなぁと感じたわけです。

 

「この構図、愛着形成の港と舟の関係と似ている!」と思いました。

そして更には、「うつ病が快復していく様子とも似ているんじゃないか」と、いう気がしてきました。

 

 

 

愛着形成の港と舟の関係

人間は幼い頃に、養育者との安定した関係によって、愛着を形成します。

養育者とは、愛情を注いで面倒をみてくれる大人であり、多くは親や祖父母あるいは保育士などがその役目を果たします。

 

舟は、帰る港があるから、安心して大海原を探索して自分の世界を広げることができるのです。

【舟=自分】【港=養育者】【大海原=養育者以外の人や物や事柄との関係】です。

もし知らない海で不安な目に遭ったら、すぐに元の港に帰って、その不安が治まるまで待ってから、また海へ出ればいいのです。そうして安全だと信頼できる場所がある心強さから、大海原を開拓していって、やがて元の港に戻らなくてもやっていける自分の居場所を見つけられるのです。

 

この愛着が健全に形成されずに育って、信頼の基盤を持てないが故に、自分の居場所をうまく見つけられないことを愛着障害というと認識しています。

 

 

 

うつ病の快復過程

うつ病などの精神疾患になり、一般的な社会生活を送ることができなくなって、療養するとき、まずは身体が求めることに応えてあげなければなりません。

眠ることが必要なら寝られるだけ寝る、休むことが必要ならリラックスして休む、栄養が必要なら食事や日光を摂る。

生きる上で、社会的な人間としてよりも、生物としての自分を大切にしないと、うつ病などの精神疾患は治らないのではないかと思います。

 

 

 

これらに共通することは、上層を築くためには地盤を固めなければいけないということです。

社交不安障害・対人恐怖症と診断されて

平成31年4月の通院のとき主治医に、「対人恐怖とか社交不安障害とか呼ばれる症状だね」と言われたのに、自分の中で整理がつかないまま令和元年を迎えてしまった 小柏まき です。

 

目次

 

 

 社交不安障害(SAD)の症状

実は私は昔から、ざっと考えて少なくとも高校生の頃から、極端に緊張状態に陥って姿勢を保っていられなくなるような症状に悩まされていました。

 

具体的には、

人の目のあるところや大事な書類に文字を書こうとすると、自分でもコントかと思ってしまうくらい見事に手が震えて、上手く書けません。

誰かと対面して立ち話をしようとして、それが普通に仲の良い相手でも、ふとしたスイッチが入ってしまうと、話すこと・表情を作ること・立っていることも困難になって、それがストレスで人付き合いを避けてしまいます。

人と食事をする場面でも、緊張して、物を食べるときの動作を忘れて、食べるということ自体ができなくなってしまいます。

 

 

こういう場面に出くわすと、幾つかの嫌なことがあります。

 

まずは身体的な疲労です。

心臓の拍動や呼吸が苦しいことや、汗をかいてしまうなど、後になってどっと疲れます。また筋肉に必要以上に力が入って筋肉痛になったりもします。

 

そして、自意識からくる精神的な疲労と、それによるマイナス思考です。

自分でも自分の身に起きていることが異常であろうことはわかっていても、「なんで私はこんなに あがり症なんだろう」「前は平気だったのに今回はダメだった」「おかしな態度をとってしまった」「あの人には変な人だと思われただろう」などと思ってしまいます。

それでいて、病識(これが病気だという認識)を持っていないために、「私という人間は欠陥があるんじゃないか」「この感じをどう説明したらいいかわからない」「説明しても誰もわかってくれないだろう」という思考に自然となってしまうのです。

これから起こるであろう緊張する場面が怖くなり、逃げ出したく・消えてしまいたくなります。

それから、日常の大したことのない場面に適応できない自分の自己評価が下がって、自己嫌悪になります。

 

 

 もともとの性格

元々の性格というのも変かもしれませんが、そういう緊張状態にならずに過ごせているときの私は、人と関わるのがそれなりに好きで、人を笑わせるのが好きです。

誰かがやらなくてはいけないことを進んでやる、というほどではないにしても、学級委員に選ばれてしまえば実際にそれなりにやりました。

提出物などで手書きのものがあれば、先生や同級生、上司や同僚に「字が綺麗」と褒めてもらったこともあります。

知らない土地や新しい環境で、人間関係を築くのも、嫌いではありません。

自分では自分のことを、楽観的な部分があるタイプだとも思っています。

 

 

 診断を受けるまでの経緯

『社交不安障害』『社会不安障害』『書痙』『会食恐怖』などの言葉を知って、それを少し調べたときに、自分がそれらに当てはまるであろうということはわかっていました。

では、なぜ今まで診断されなかったか……。

それは、主治医も人間だからです。私は医師にすら症状を話すことに抵抗があったのでした。

そのときの調子によりますが、通院時の診察は手短に済ませてしまいたい、面倒な患者だと思われたくない、などという気持ちがあります。

そして何よりも、自分の体験を話すことが恥ずかしくて仕方なくて、切り出せませんでした。

 

それから、医師に話す必要がないと考えていた決定的な理由は、すでに抗うつ薬3種類と抗不安薬1種類が、うつ病治療として処方されているからでした。

精神科医の主な仕事のひとつが、処方箋を出すことだと思っているので、「診断名が追加されたところで処方薬に変更はないだろう」と考えて、話しても話さなくても治療が同じだとしたら話す労力に意味を感じなかったのです。

 

 

主治医に話そうと思うようになったのは、病識を正しく持つことでずっと持ち続けている “今の病気を治していきたい” という気持ちに貢献したい思いが湧いてきた、またそれが出来そうだと思えるくらい喋れるようになったからでした。

 

 

 医師とのやり取り

診察のときに、エピソードを添えて、まず〈緊張しやすい性質とうつ病の関係〉を訊いてみました。

 

例えば、お店で感じのいい店員さんに声を掛けられて、商品についてあれこれ話して、店員さんが顔を憶えていてくれるようになったりします。質問したり雑談したりするのは、楽しくて好きです。

喋るだけ喋って何も買わずに帰っても、次に行ったときに憶えていてくれると、その店員さんのオススメに対する信頼度が高くなったりもします。

それが、ある日なんとなくお店を覗くと顔なじみの店員さんが声を掛けてくれたとき、急にとても緊張した状態になって、挨拶を交わすのも苦痛に感じて「早く帰りたい」という一心でその場をやり過ごすのです。

こういった突然の極度の緊張に陥るのが嫌で、お店に顔を出すことまで憂鬱になってしまいます。

 

主治医に要約を伝えてみると、「緊張しやすい人は、その分ストレスを受けているので、うつ病になりやすい傾向にあるといえるであろう」という意味のことを言われました。

 

 

次に、文字を書く時の手の震え『書痙』について話しました。

「自分でもわざとらしいと思うくらいに手が震える」と話すと、主治医のほうから「人目があるところで字が書けない」などの例をあげて、私が共感を示すと、「対人恐怖とか社交不安障害と呼ばれる症状だね」と言われました。

 

 

主治医から、『会食恐怖』の例や、誰かが居るところで電話をすることに苦手を感じる例があることを聞きました。

心当たりがあることばかりでした。

 

そのときに思い当たったのが、高校生の頃に昼食が食べられなくなったことでした。

今でも、物を食べたり飲んだりしようとして急に身体に力が入ってしまって、食べ方を忘れてしまうようなことがあります。それが自分では、とてつもなく恥ずかしく、情けないのです。

 

 

 診察を終えて

案の定、診断されてからも薬の処方はいつも通りでした。

 

しかし、私の中では、“診断されたから人に話してもいいんだ” “病気・障害として認められていて、ある程度の数の患者が居るんだ” と身が軽くなったような気分になりました。

 

帰宅後の落ち着いた時間に、家族にこのことを話してみました。特に言葉は無かったと思いますが、ただ静かに聴いていてくれたようでした。

 

 

私の心の内は、スッキリした、とその日は思っていました。

 

 

 診断を受けて変化した内面

私は、一体いつから病気・障害だったのだろうと、まだ小学校に通っていた頃を思い返しました。

 

ふと、思い出しました。

小学校で先生に指されたときに、言葉選びを間違って指摘されたことがありました。先生は和やかに指摘してくれたのですが、私は酷く恥ずかしい気持ちになりました。

喋れなくなって、立っている身体に力が入り過ぎて普通に立っていられなくなって椅子の背もたれに両手をついて、黙り込んで震える両腕を見ていました。

「恥ずかしがり屋さんかな?」と言って、先生は私に座るよう促しました。

 

 

不登校になった理由が、ここにもあったのだと、きちんと認識したのは初めてでした。

 

 

10歳で自律神経失調症と診断され、治療されずに不登校だった一人の子どもは、

高校時代に食事がうまく取れなくなりながらも学級委員を続け、

根性で不便を乗り越えようとして、大学時代には教育実習もやりました。

就職したブラック企業では、入社前の説明と労働環境や賃金の設定も違っていて、仕事内容はプレッシャーが掛かるものでした。

 

 

考えてみれば、消えてなくなりたいと強く思うような場面を、数えきれないくらい何度も、誰にも言えずに、どうにか過ごしてきたのでした。 

 

 

いわゆる普通に、一人前に生きられない自分を、ポンコツだと思っていました。

どうやら自分を出来損ないだと思い込み過ぎていたようです。

 

「そりゃあ、うつ病にもなるよね」と、なんだか他人事のように思います。

絵のモデルは誰でしょう?②

気まぐれに描いた絵をたまにアップする記事を、地味にシリーズ化しようとしている 小柏まき です。 

 

①は正解してくれた人が居て、嬉しかったです! ありがとうございます。

前回の記事はこちら↓

ogasiwa-maki.hatenablog.com

 

 

 

この絵のモデルは誰でしょう?

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下の【】の中に白い文字で正解があります。

 

 

 

答え

広末涼子

『好きと嫌いは自分じゃ選べない』のは自分を守るため

 

「“好き” とは、無意識を支配されること」だと思ってたけど、これは “嫌い” にも当てはまるんだよね。

好きと嫌いは自分じゃ選べない。

 by 小柏まき

 

 

 

昨年のこと。会話の中で「“好き” とは?」と訊かれて、「“好き” とは、無意識を支配されること」と自分の中から言葉が出てきました。

 

 

「好きと嫌いは自分じゃ選べない」という言葉は、『大恋愛~僕を忘れる君と』というドラマで遣われていた言葉です。

この言葉は、聞いてから自分の中で反芻してみて、とても納得して気に入った言葉です。

それまでは特に意識したことや言語化したことはなかったものの、“好き”とか“嫌い”とかを自分またはその人が選べることのように、どこかで思い込んでいたような気がしたのでした。

 

 

 

子ども時代に「好き嫌いはよくない」という教育を受け、嫌いな食べ物を克服しようとして少しずつ食べるように、努力というほど大袈裟なことではないかもしれませんが、意識してきました。

これは、食わず嫌いで慣れればだんだん美味しさがわかってくるようなモノには有効なことでしょう。また、それを食べられるようになると摂取できる栄養が身体にいい場合、嫌いで食べられなかった物が食べられるようになるのは「いいこと」ですよね。

 

また、“嫌い”と感じるより“好き”と感じるほうが自分自身も気持ちいいですし、どんなことでも好きになってしまえれば楽ですよね。

 

 

ここで危険なのは、 嫌いなことは悪いこと・好きなことはいいこと という誤った認識を無意識のうちにしてしまうことです。

 

“嫌い”と感じることは、心身が拒否反応を示しているということです。

拒否反応の原因が、運の悪い思い込みや根拠のないものなら、嫌いなものを克服してしまっても問題はありません。ですが、根拠がちゃんとあるのに頭で認識していない場合は、「嫌いだから」という理由で嫌いなものを遠ざけることで、自分を守ることになると考えています。

 

自分で自分を守るために、嫌いなものがあってもいいのです。

 

 

これは、人に対しても当てはまることだと考えています。

家族や肉親、友人や恋人、自分の心の近くに居ることを許した相手に、嫌いな部分があってもいいのです。たとえ相手に嫌いなところがあっても、その人自体を嫌いになる必要はないのです。

 

逆に、嫌いだと思っている人に好きなところを見つけても、いいと思っています。

これに関しては、嫌いな人を遠ざけきっていないという面では、自分に負荷をかけることになっているのかもしれませんが、たまたま嫌いな人の言動を見聞きしたときに「いいな」と思って心に留めておくような自分を許してあげてもいいじゃないかと、私は思うのです。

鬱で読書が難しい&コミュニケーション力低下による苦

ひとつの事象に遭ったことでネガティブな気持ちに捕らわれてしまった 小柏まき です。

 

今回のうつ病が、医療の力だけではなく出会った人から受けた影響もあって快復に向かっていると思います。

ですが、人との関りを広げると、思うようにならないことも多くあるのだということを実感した体験を書きたいです。

元々は、誰かを批判したり論破してしまったり陰口を言ったりするのは好まない性質なのですが、今回の記事で自分の心の動きを整理したいです。

愚痴や批判やネガティブ思考を見たくない方は、お戻りください。

 

 

 

 

 

何をそんなに気に病んでいるかというと、Twitterで繋がった個人が催している『オンライン読書会』なるものに参加したいと思ったのに参加できなかった、というものです。

 

目次

 

 

 

<時系列での成り行き>

オンライン読書会主催者との出会いと関係

 

出会いは、別の人のツイキャスのリスナー同士だったことに始まりました。お互いにコメントで参加していた流れで、Twitterをフォローし合ったのでした。

 

その後、その方がツイキャスで音声配信していたのを聞きに行ってコメントしたのが、今年の1月のことです。

そのときの話題も、オンライン読書会のことでした。「よろしかったら参加をご検討ください」と言ってもらったと記憶しています。

それ以降にも、その方のツイキャスを確か2回ほど聞きに行ってコメントしました。その度にお誘いの言葉をかけてもらいました。

 

 

 

私がオンライン読書会に参加しようと心が動いた経緯

 

オンライン読書会主催者のツイキャスを私が聞きに行った3回目のときのことです。以前オンライン読書会に参加したという方とコラボ配信をしていて、私以外のリスナーにも読書会参加経験者の方がいてコメントしていたのでした。どの人も言葉遣いが丁寧で、話をスムーズに進める働きができる人たちだと感じました。

そこで、「オンライン読書会もこんな雰囲気だとしたら、参加したら楽しいかもしれない」と思ったのでした。

 

そしてツイキャスを聞く度に誘ってくれていた主催者さんが、次の本を夏目漱石の『こころ』を扱うという話をしたのでした。

私は新書などの知識を吸収するタイプの本は、特別に興味を持ったもの以外買わないののですが、それまでオンライン読書会ではそういう本が扱われてきました。どちらかといえば小説が好きな私が参加するには、『こころ』はもってこいだったのです。

その話を聞きながら「『こころ』を扱うと聞いてがぜん興味が湧きました」とコメントすると、「是非ご参加ください」と応えてくれたのでした。

 

 

 

読書会『こころ』の回まで

 

参加の意思をなんとなくですが伝えたつもりだった私は、漱石のこころを読みだしました。

とはいっても、昨年読み始めてから途中でやめたままになっていた続きを読むことを再開したのでした。

というのも、うつ病で読書すること自体に力が要ることや、実生活と重ねて感情移入し過ぎて読むのがツラくなってしまったことが重なっていたのですが、状況も徐々に変化して読書を再開してもいいかなと思っていたタイミングだったのでした。

元々、読み進めるのが遅い私は、少しずつ、本当にちょっとずつ読んでいきました。

 

ツイキャスのときに、聞き専(聞く専門)で参加してもいいと言ってもらったので、そのつもりで参加の意思を伝えるべく、参加要項を確認しました。

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参加意思表示はリプライでのやり取りは既にしているから、待っていたら連絡をくれるのかな? それとも、こちらからDMもするべきなのかな? などと思いながらツイートを追って見ていました。

そこで、主催者さんが今回の読書会に関係するハッシュタグを作っているのを見つけました。

 

『こころ』を読んでいますよ、参加する意思は変わっていませんよ、という意味も込めたつもりで、そのハッシュタグを付けてツイートしました。

 

すると、主催者さんがリツイートしてくれて、その後「あなたのツイートをトゥギャりました」という通知が来ました。

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オンライン読書会開催時刻を過ぎて

 

主催者さんから連絡はありませんでした。

私も、気づかなかったわけではありません。本当にどうしても参加したいのならこちらからDMするべきでした。数日前から、DMするかどうか、迷っていたのです。

迷っても行動しなかったのは、私自身に行動するための動機がなかったのでしょう。

 

 

 

翌日になっても消化できずネガティブ思考に

 

やっぱり自分は居ても居なくても気づかれないような存在なんだな……。誘っておいて忘れるなんて……。こんな風に思うなら自分から連絡してアピールすればよかったのに……。などと、悲しい気持ちがなかなか消えませんでした。

 

そこで、主催者さんの参加要項のツイートをリツイートし、続けて自分の参加意思表示のリプライをリツイートしました。

晒す行為は、個人攻撃とも受け取れる行動でした。普段の私だったらしないようなことです。

自分らしくないことをするほど、落ち込んでいるんだ。と、予想外に感じました。

それと同時に、平和主義な自分のほうが偽物のような、繕っているような気もして、モヤモヤしました。

 

リツイートの通知が行ったであろう後に、主催者さんから来たDMです。

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<内省>

心の動き

 

 興味はあるけど不安

→不安がひとつずつ解消されてきた

→受け入れてもらえた気がして嬉しい

→参加するのが楽しみ

→連絡が来ないけど自分からしたほうがいいのか迷う

→苦手意識が働いて行動できない

→参加できなかったことにガッカリする

→問題の所在を判断できずにモヤモヤする

 

 

 

モヤモヤの要素(箇条書き) 

 

誘われなければ参加しようという気にならなかったこと。

聞き専OK、ツイキャスで参加者の様子が少しだけわかった、テキストとして元々読みかけだった『こころ』を扱う、など不安のハードルが徐々に下がったこと。

興味があることに参加できると思って楽しみにしていたこと。

読書に時間と労力が必要だったこと。

人と関わるのが好きなのに、うつ病と社交不安障害でコミュニケーションが苦手なこと。

Zoomの使い方がわからなくてインストールして使ってみて準備していたこと。

ツイキャスで興味がある旨を伝えたうえで、主催者にTwitterのリプライで参加の意思を伝えて、返事ももらっていたこと。

オンライン読書会の『こころ』の回のために作られたハッシュタグを付けてツイートしたこと。また、それを主催者がリツイートし、Togetter(トゥギャッター)にまとめたと@ツイートをしていたこと(通知が来た)。

参加の意思を伝えておいてあるのにスルーされてしまうなら、参加しなくてもいいという考えが頭の片隅にあって、こちらから念押しのDMをしなかったこと。

読書会『こころ』の回はひときわ盛況だったと後のツイートで見かけたこと。

主催者のブログで『こころ』の回が2~3回開かれるとされていたのに、1回で「終了してしまいました」とのこと。

主催者からのDMに「3/24のツイートを見つけて」とあったのが、実際は私の参加意思表示は単独のツイートではなく、主催者のツイートへのリプライで、そこに主催者からもリプライを返してくれていたこと。また、“見つけた”のは、主催者がたまたま目にしたりわざわざ探したりしたわけではなく、主催者のツイートと私のリプライを私が続けてリツイートしたため(主催者に通知が行った)。

 

 

 

伝わらない言葉

 

DMで私が「現在、当方は読書が容易ではないので、ご縁が無かったものとご了承ください」と返信した意図が伝わらなかったようで、「ご事情について踏み込むことはいたしませんが」「また、今後ともよろしくお願いいたします」と返信をもらいました。

「現在、当方は読書が容易ではない」とは、「うつ病で本が読みづらい」「たまたま途中まで読んでいた本を扱う読書会だったから参加できそうだった」という意味で遣った言葉です。

「ご縁が無かったものとご了承ください」は、「今後、指定された他の本を読んで参加することはできない」という意味で伝えたつもりでした。

 

私がうつ病だということはTwitterアカウントの名前にも書いています。主催者さんも精神疾患を抱えていて、以前は本が読めなかったという話をツイキャスでしていて、「私も読めません」とコメントしてやり取りしていたのですが、きっとそれも含めて忘れられてしまったのでしょう。

 

 

 

結果的によかったと思う

 

オンライン読書会には、毎回3~5人くらい参加していると、ツイキャスで言っていたと記憶しています。『こころ』の回が盛況だったとはいえ、例えば15人の参加者がいたからという理由で1人の存在を忘れてしまう主催者だったら、読書会も相応の内容だったのだろうと推し量っているのですが、これは私の心が納得しようとして卑屈になっているのでしょうか? 自分では、判断のつかないことです。

 

どちらにせよ、人の言動を真に受けやすい私は、早い段階で忘れてもらったことで傷が浅く済んだのだと思います。

それともう一つ、読書会に参加しなくてよかったと思う点は、私自身が何かの作品を読み解くとき、自分なりにある程度の期間をかけて考える人間なのだということです。自分の読み解き方がほとんどできていない状態で他の人の感想を聞いてしまうと、その考えに影響される可能性がありました。

 

もしかしたら、これらが意識に上らないまま、“行動しない”という選択に表れていたのかもしれません。

 

読書会に参加するなどの方法をとらなくても、夏目漱石の『こころ』の感想は、見聞きする機会は幾らでもあるとも思います。

 

自分のペースは、きっとゆっくりなのだろうと、今は思っています。

細かいことが気になる【元号ver.】

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新年度が始まりましたね。

先日、新しい元号の発表がありましたね。

 令和 だそうですね。

 

『令和』と発表されて、気になることが幾つか頭に浮かんできました。

 

 

とりあえず、書いてみました。

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まずは、「令」の字。

下がカタカナの「マ」みたいな文字でもいいのかどうか、というところです。

試しに「マ」っぽく書いてみます。

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……書きやすい! なんだか、バランスが取りやすいです。縦に長い棒を書くところが、なんとなく書きづらいのと、「今」や「マ」が書き慣れているから、ということだと思います。

 

 

「令」の文字には、横棒なのか点なのか悩ましい部分もあり、真っ直ぐ下ろしてきた縦棒の終わりが左に向かって跳ねるのか、それとも縦に払うのか止めるのか。いろいろと悩ましいです。

どうしてそんなことが気になるかというと、微妙に違う書き方をしたときに、それが “同じ漢字の違う書き方” という扱いになるのか、それとも “別の漢字” になってしまうのか、わからないからです。

この文字に関しては、どちらでも正しいらしく、小学校などでは「マ」のように書く方で教えるのだそうです。

 

 

 

次に気になったのは、アルファベットの頭文字です。

RなのかLなのか、Rだとしたら巻き舌風に発音するべきなのか、いや日本語だからローマ字表記にしたときの頭文字は発音に影響を与えないものか、などという取るに足らないことが頭をよぎってしまいました。

 

例えば「ノート」を平仮名で表記する場合、「のーと」ではなく「のうと」となるものです。理由は平仮名には伸ばし棒が存在しないからですが、表記が変わろうと、声に出すときの発音は変わりません。この場合、“「ノート」を平仮名表記に変換する”ということ自体が特殊な条件なわけです。

これを応用すれば、ローマ字変換したときにRで始まる名詞を発音するとき、それが駅名で英語でアナウンスする必要がある場合などでない限り、特に発音を意識する必要はないということになります。

 

 

 

そして家族の話を聞いていたら、テレビで新元号発表のニュースを扱っているときの画面上にずっと「年号」と表示されていたそうで、「元号」と「年号」の違いが気になりました。

「平成」や「令和」などを指すのが【元号】で、「平成31年」「令和元年」などが【年号】だと、いつからかなんとなく思い込んでいましたが、テレビのテロップに影響されて自信がなくなってきました。

検索してみると……「元号」も「年号」も似たような意味でつかわれるものの、【年号】は「西暦2019年」などにも使われる言葉で、平成から令和に変わるようなことを「改元」と呼ぶことなどから、『新元号発表』という場合には【元号】をつかうことが一般的なようです。

 

テレビのテロップ、一般的ではないというだけで、間違いだというわけではなかったようです。

「きっと新年度で就職や異動があって、今までテロップ作りをしていなかった人が新人として仕事をした結果、テレビ局内でも表現が統一されていないんだろうな。4月だなぁ」などと勝手な想像をして季節感を味わっていた私というものは、ちっぽけな存在だと思いました。

区切りを好む人々【新元号予想】

人というものは、区切りを付けたがるものだと感じる今日この頃です。

元号改正(改元)が明日に迫った今日、平成も残すところ一ヶ月となりました。

 

ここしばらくは、「平成最後」という言葉をメディアから受け取ることが多く、ニュースでは平成最後のお花見の様子を伝えていました。

実際は、元号が変わろうが変わるまいが、桜は季節に咲きます。逆にいえば、特に「〇〇最後」でなくても、今日のこの瞬間は二度と来ることはなく、いつ見た桜景色でも全く同じ光景を見ることは叶わないのです。

 

明日の11時30分頃に新元号発表予定だそうですが、明日は4月1日。エイプリルフールでもあります。

「【速報】新元号『〇〇』に決定」という、嘘と本当が入り混じったSNSの投稿が目に浮かびます。

 

 

区切りといえば、年末年始や誕生日などいろいろありますね。

今日で今年度も終わりです。

 

文化的な生活を送る人間の心理として、区切りを設けることで、その区切りまでに何かをしたいとか、新しい目標を立てたいとかの目安にしやすくなるものです。

例えば離婚調停中の夫婦は、年末に差し掛かると年内の決着を望むそうですし、年始には財布や歯ブラシを新しくする人は少なくないことでしょう。

ある時期に終末予言が流行ったりしたのも、こうした心理や、便乗したお祭り騒ぎをしたいなどの理由からなのかなと思います。

 

 

 

元号を予想

 

“新しい元号を予想する”というのも、ひとつのイベント的な娯楽でしょう。

マスコミは大々的に予想すると、それを受けて元号候補から外れてしまって、結果的に予想が外れるからか、インタビューやアンケートで収集した誰かの考えを伝える方法をとっているように見えます。

 

さて、個人的な元号の予想をしてみようと思います。

年末に清水寺で発表される『今年の漢字』で、今年は新元号に使われている漢字が選ばれることを予測して、「解」の字は入らないでほしいです。個人的な今年の漢字を「解」にしたいからです。これは予想というよりも希望ですね。

どちらにしても、割とどんな人でも書きやすい簡単な文字で構成された2文字になることでしょう。

 

「安心」や「安全」の「安」の字も、世の中的には好まれる文字だと思いますが、今回の改元で使われることはないでしょう。そう思う理由は、現在の総理大臣が安倍晋三氏だからです。きっと、元号を私物化している、なんて批判されてしまうでしょうから。

 

それから、過去の 明治・大正・昭和・平成 に使われた頭文字、M・T・S・H から始まらない音が選ばれることでしょう。

こうして今までの元号を並べてみると、2文字とも へん と つくり に分けられる元号の次に、2文字とも分けられない文字を使うという傾向でもあるのでしょうか?

 

 

というわけで、私的予想は【久真(きゅうま)】なんてところにしましょうか。

字面が大正っぽい感じで、さっきの傾向に当てはまっていない? 一見した読み方が「くま」っぽい?

 

では、【温丸(おんまる)】なんてどうでしょう。

響きが「おまる」っぽい? 「ぬくまる」の方がいい? 字面はいいかと思いきや、温暖化を連想させる?

 

ならば、【順泰(じゅんたい)】なんていうのはいかがでしょう?

……文字がゲシュタルト崩壊してきたので、この辺にしておきます。

 

 

 

なんて勝手な予想をしていられるもの、明日の発表の時までです。一度知ってしまうと、知らなかったときの自由な発想ができる思考に戻ることはできません。

こうして流れに乗って適当に楽しむ、というのも面白いですね。あとで読み返して、あてずっぽうな元号予想を展開していることに、うすら恥ずかしい気分になれるかと思うと、変わりゆくことの貴重さが少しわかる気がします。

 

 

そんなこんなで、3月も今日で終わり。

今年の4分の1が過ぎようとしています。

お正月の頃の自分が立てた、抱負や目標などを、見直してみるいい機会ですね。