考えの調理場

不登校から教員免許取得。【反復性うつ病性障害&強迫体験】女の、考えの調理場。

「記憶が壊れる」とは?

こんにちは! 小柏まき です。

 

所謂、“普通の人”というのは、記憶が連続しているものなのでしょうか?

今回は、精神疾患によって記憶が壊れたり物覚えが悪かったりすることについて、記したいと思います。

 

私は現在のうつ病になって、昔の自分なら憶えていたであろうことが思い出せないという経験をしばしばしました。現に今でも、自分のことなのに記憶にないという部分が少なからずあります。

正直なところ、今回のうつ病になったのがいつで、今何年目なのか、わかりません。通院の記録を見れば、いつから病院にお世話になっているかは知ることができるので、このことについては少しの不便しか感じていません。

過去の自分の行動を「知ることができる」なんて表現を遣う機会は、普通の人(健康な人)にはそうそうあることではないのではないでしょうか。

 

『普通の状態』というのも人によって違うとは思います。

以前の私の普通の状態というのは、例えば、“自分のお財布に今いくら入っているか”というのがなんとなくわかる・正確で厳密な金額はわからない場合が多い、というのが日常でした。

これは、お金を使ったときやお財布に現金を補充したときに、無意識に「千円札が〇枚くらいあるな」とか「小銭が上手く使えてなくて100円玉が多いから、次に使うときに少額の出費だったら100円玉を使おう」とか、大まかな量を把握して記憶しているからでした。

もう一つ例をあげると、「〇〇したのはいつ頃だっけ?今から〇カ月前あたりかな」といった時間の量的な感覚も、最近はどう過ごしていて、それより前はどんなふうに日々を送っていたのか、無意識のうちに記憶しているからわかるわけです。

それらが無いために、お財布を開けて確認しないと自分でいくら入れていたのかわからない、〇〇という体験をしたのは憶えているけれどそれがどれくらい前の出来事かはわからない、というのが今の状態です。

 

うつ病の患者や、それ以外の精神疾患の患者の脳は、長い期間ストレスにさらされていたせで、脳の記憶をつかさどる海馬が萎縮することがあるそうです。それが原因で、記憶していたはずのものが無くなったり、新しく記憶する能力が低くなったりするのでしょう。(萎縮した海馬は回復することもあるそうです)

また人間には、トラウマ的体験、思い出すと今の心や身体に害のある事柄を、無意識的になかったことにして自分を守る防衛機能が備わっています。

 

「自分のことなのに記憶にない」というのは、過去に自分の知らない自分が居て、活動していたということです。これは、自分では知りようがないので、記録か、他の人の記憶に頼るしかありません。「お前は〇〇のときに、△△って言ってたよ」などと聞くと、それは記憶にない部分だなと感じるとともに、大抵「私らしいな」と感じるのです。記憶にないからといって、私が私じゃなくなっていたわけではないのです。

本当に記憶が無いというのはそういうことなのです。

 

近頃は、ちょっとしたことの物覚えが悪かったり、小さなことを忘れてしまって不便を感じたりする機会が多いので、このまま症状がひどくなったらどうなってしまうのかと思います。このブログを備忘録として残そうと考えたのも、このためです。ですが気に病んでも好いことはないので、あまり深くは考えていません。なるようにしか、なりませんから。